夏目漱石「こゝろ」を読んでみた感想。

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夏目漱石「こゝろ」を読んでみた感想。

今読むと分かる。以前は分からなかった。なぜみんな自殺をするのかと。

生きている意味なんて考えるまでもなく、考える暇もなく、そんな忙しい生活を送っていれば、気がつかない気持ち。でも、今は分かる。

「こゝろ」は主人公の青年が海水浴に出かけた時に変な人を見かけたことからスタートする。

その変な人に惹きつけられたのか、引き寄せられたのか、青年はその変な人に接触する。

「こんにちは、初めまして・・」なんて、お決まりの挨拶が始まるのかと思えば、そうではなくて青年はまるでストーカーのように、前を走るあの人を追いかける好奇心に満ちた少年のように「変な人」に金魚のふんのような奇妙な距離間で、近づいていった。

その変な人を青年は「先生」と呼んだ。

青年は先生をよく訪ねた。なぜこれほどまでに興味を持って接することができたのか、私には分からない。見栄や打算、利害とは違った付き合い。それでいて、趣味が同じだからと言うわけでもない。

気まぐれ。と言うよりは運命。そう、それは二人がそうなる運命だったように思えてならない。

先生は何もしていなかった。財産を持っているのか、どうなのかは分からない。それでも食べていけた。

先生は奥さんと下女と三人で暮らしていた。青年はよく先生の家へ行った。けれど、先生は一人で出かけることが多かった。奥さんに聞くと、お墓参りに行っているらしい。

青年が誰のお墓に参っているのかと先生に尋ねた。けれど、先生は曖昧な返事をするばかりで、肝心な答えを青年が聞くことはなかった。奥さんに尋ねてみてもそれは同じだった。

青年が学校を卒業してすぐ、故郷の父が病に倒れた。青年は実家へ帰省する。

青年は職を持っていなかった。青年は縁のあった先生に職の斡旋をお願いした。手紙で。

けれども、その手紙に返事はなかった。青年はまた手紙を書いた。

父の病状が悪化し、いつこの世を去ってもおかしくないような、そんな時期、先生から手紙が来た。

ついに職が見つかり、やっと親を安心させられる。そんなぬか喜びな期待を青年は抱いたけれど、手紙にそのような記述はなかった。かわりに不吉な、遺書のような、何かがそこには書かれていた。

青年は父が危篤にも関わらず、読みかけの手紙を手に家を飛び出し、汽車に乗った。

手紙には先生の一生とでも言うべき全てが記されていた。ひた隠しにしていた全てがそこには書かれていた。

先生は学生時代に両親を無くしていた。その両親は資産家で、先生はその財産を受け継ぐはずだった。

若かった。先生には叔父がいた。学生だった先生は信頼していた叔父にお金周りのことやそれにまつわるそれら全てを任せた。そうして、裏切られた。

先生はそれ以来、人と言うものを信用することをやめてしまった。人間不信になったというよりかは、人間が嫌いになった。

人が嫌いになった先生は残った財産をお金に変えて故郷との繋がりを含めて、恨みを晴らすように、心の傷から逃げるように、清算した。

まだ学生だったこともあって、寮暮らしだった先生だったけれど、寮生活はあまり好きになれなかった。金も入ってきたので、引っ越しすることにした。

引っ越し先を探していると、縁があった。夫を無くした未亡人(奥さん)とその娘、(お嬢さん)と下女の三人暮らしの家で居候が始まった。先生の心が変わっていく。嫌悪や猜疑心から恋に、愛に。

先生にはKと言う友人がいた。Kは寺の息子だったのだけれども、志の違いから実家からの支援を打ち切られ、一人何かと戦っていた。

Kは頑固で、無口だった。それでいて一人でなんでも抱え込んで、苦しんでいた。けれど、その苦しみにKは酔っていた。孤独になること、苦しいこと、それが修行で、彼のプライドなのだ。

先生は日に日に社会から遠ざかるKの心を心配してか、友情と言う不確かなふわふわしたものに最後の希望を見出したのか、叔父に裏切られ、初めて女に恋をして気がおかしくなったのか、Kを半ば無理やり、奥さんとお嬢さんと下女との四人暮らしの家へKを連れてきた。

これが先生にとっての大きな過ちだった。奥さんはKを連れて来ることに反対した。けれども、先生は奥さんを説得するために骨を折った。

先生はお嬢さんに恋をしていた。

Kには選択肢があった。今にも崩壊しそうな現実を打開するには実家に戻り、頭を下げる必要があった。しかしKは意地を張った。孤独と苦労を望んでいた。それでいて友人からの援助は本意ではないが受け入れた。

Kの宿代、食事代は先生が全て負担した。先生には親から相続した財産があった。

孤独だったKの心が変わった。先生と奥さん、お嬢さんとの接触や会話を通して人間味が増えた。もっと簡単に言えば、元気になった。

それを見て、感じて、先生は幸福を感じた。友情を感じた。

先生には自分の優位性は揺るがないと確信があった。Kに限ってそれはないと思い込んでいた。叔父からの裏切りで人を嫌いになっておきながら、恋をする自分という存在を客観視することはできなかった。

自分が恋してやまないお嬢さんとKはだんだん親しくなっていった。二人だけでコソコソ話をしたりもするようになった。

先生は嫉妬した。Kとお嬢さんが仲良くしている姿に。お嬢さんのクスクスと笑う笑顔に。Kに。

ある日Kは先生に話があると言って、お嬢さんのことを打ち明けた。「お嬢さんが好きだ」と神妙に、そして唐突に。どうしたらいいと先生に打ち明けた。

先生はそれに薄々感づいていた。けれども、言い出す機会を今か今かと伺うばかりで、言い出せずにいた。自分がお嬢さんに恋をしていることを。

Kは鈍感だった。そして恋に盲目だった。先生がお嬢さんを好きなことをKは察することができなかった。

修行を捨て、宿代と飯代を世話になり、恋をして、自分では始末がつけられなくなって困り果て先生に相談した。

先生はその時、「先を越された・・」そう思ったという。

怒りではなく、虚を突かれた驚きが先生をそうさせたのだろう。叔父に対して向けた怒りや嫌悪を友人には向けることができなかった。

容易に先の展開が予想できる中で、また愚かな営みが繰り返す様がどうしても気になり、結局、読み進めていく。私もまた愚かな人間の一人だと思い知らされながら。

先生はKがことを起こす前に動かなければならないと思って、奥さんに「お嬢さんをください」と結婚の申し込みをした。

Kにこのことが分かるのは数日たった後のことだった。奥さんとの何気ない立ち話。そこで、知った。

Kはそれを初めて知ったにも関わらず、取り乱すことなく、「おめでとうございます」と奥さんに伝えた。先生にそれについて抗議することは結局、一度もなかった。

先生の口からではなく、奥さんとの会話の中で、彼はそれを知った。自分がひどく滑稽に映ったかもしれない。親友に裏切られたと感じたかもしれない。けれど、それよりも、それよりも、自分は一体何をしているんだろうと彼は思ったに違いない。

それからしばらくがたったある夜のこと。先生の部屋へKが来た。二言、三言ほど会話があって、Kは自分の部屋へと戻っていった。

ある夜、先生はなぜか目が覚めた。そしてKの部屋の様子がいつもと違うことを感じたので、Kの部屋を覗くとKがぐったりと倒れていた。

Kが自殺していた。

首を刃物で切り裂き、襖には血しぶきが付着し凄惨な有様であった。けれども、先生の目から涙が溢れて来ることはなく、変わりに自分が殺してしまったという罪悪感がなだれ込んできた。

Kの遺骨は実家近くに埋葬されることはなかった。先生の進めで、ある場所へ埋葬されることになった。そこはKがよく訪れた場所の近くのようで、そこの方が、安らげると思ってのことらしい。

先生はその事件以来、変わってしまった。自分が結局のところ叔父と何ら変わりがないことを知ってしまった。いや、もっと悪いと思っただろう。先生は無自覚に、それでいて積極的に友人を陥れたことに気が付いてしまった。

そうして誰にも話せずに、これまでそれを一人で抱え込んできてしまった。

人を嫌い、自分を嫌い、それでも死ねずにこれまで生きてきてしまった。だけれでも、ようやくその決心が固まったらしい。

青年と出会い、明治天皇の御隠れの知らせを聞き、遺書を書き、全てが整ったのか先生は自殺した。

この本を読んで一番印象に残ったのは、Kの自殺の描写だった。あれを実際に見てしまったら、相当の阿呆か、志のあるものでない限り、狂うか病んでしまうと思った。

私には先生と同じ気質がある。まだ自殺はしていないけれど、頑固で意地っ張りで、無口なKのような人を知っている。その人のために尽くそうとしたこともあるけれど、その度に自分の弱い部分が露わになる。

どう頑張ってみても、配慮の薄い人間に対して好意的になるのは難しい。まして、元気になったところで恩着せがましく振舞うこともまた気持ちが悪い。

それになぜか、負けたくないという気持ちが生まれるのだ。自分が立ち直らせて、引き上げてやったのだけれども、その人の幸福を心のそこから祝えないという矛盾にどうしても行き着いてしまう。

結局のところ、私は嫌いなのだ。どうなってもらっても納得がいかないのだ。いっそいなくなってしまえばいいと思うこともあるが、本当にいなくなってしまったとき、それは自分のせいだと勝手に思い込んでしまう。そして呪いにかかってしまうのだ。

心のそこでは愛しいと本当に思っている。けれど、それだけを表に出して表現することの難しさは言うに硬くない。

結局のところ、利害関係の一致に光明を見出す他ないと、くだらない結論にたどり着く始末だが、それが最善だと確信を持って言える自分に改めて笑いが出る。