水嫌いでお風呂に浸かるのも怖かった私が水恐怖症を克服し泳げるようになった理由。

ライフ

水嫌いでお風呂に浸かるのも怖かった私が水恐怖症を克服し泳げるようになった理由。

昔々の話になるのだが、当時5歳だった私は家族で海に海水浴に出かけた。その日はとても晴れて海水浴には最適な天気だった。私は母に連れられ浮き輪につかまり水浴びをした。足がつかない場所だったので少し怖かったけれど、母が近くにいたので安心していた。

浮き輪につかまりながら私はぷかぷかと浮いていた。とてものどかで平和だった。時折少し大きめの波が来たのでそれに揺られる刺激が退屈を紛らわした。

遠くで大きな波ができた。遠目から見てもわかる。いつも寄せる波より少し大きい。波がだんだんと近づくにつれその大きさは増した。けれど私はあまり気にしていなかった。母が近くにいたこと、そして何度も波に揺られてきたことで特に危険は感じなかった。

波が迫り、そこでようやく気がつく、5歳の私でもわかる危険がそこにはあった。波は私たちを巻き込んだ。私は波に飲まれグルグルと水の中を何度も回転した。どちらが上か下か分からない状況の中で意識ははっきりしていた。この浮き輪を離せば死ぬ。私は浮き輪に必死にしがみついた。波が去ると浮き輪の紐を掴んだ母の顔が目に入った。母は波を耐えるだけでいっぱいいっぱいだったらしく驚きと困惑が混じった顔をしていた。私は波に飲まれた衝撃で口と鼻に大量の砂と塩水を取り込んだ。気持ち悪さとしょっぱさですぐに母と海から上がった。

私が水嫌いになったのはそれからだ。お風呂に浸かるのを凄く嫌がっていたらしい。水に顔もつけられない臆病者に私はなっていた。困り果てた両親は親戚の子に頼んで私と一緒にお風呂に入ってもらう約束を取り付けた。私は全く気は進まなかったけれど、保育園児なりに空気を読んでお風呂に入り、顔も少しつけた。親戚の子の体を張った思いやりが私の恐怖を温め少し蒸発させた。

それから私はお風呂に浸かれるようになった。顔をつける練習もした。親戚の子との裸の付き合いから3ヶ月がたった頃私はついにお風呂に潜れるようになった。

小学生になり水にも慣れたころ母の勧めで私はスイミングスクールへ通うことになった。学校で水泳の授業もあるし泳げた方がかっこいいと当時思っていたので、私はスイミングスクールへ通うことになった。水への恐怖はまだあった。

初日。あまり気は進まなかった。母に背中を押されて更衣室へと向かった。ロッカーで水着に着替え、体操をする広い部屋で待機した。体操が終わりいよいよプールに向かう。友達など誰もいない、孤独と不安しかない状況にもかかわらず、当時の私は開き直っていた。プールサイドで水を両手でバシャバシャと体にかける、足を動かし水をバシャバシャさせた。コーチが支持する。私はヘルパーとビート板を使って前の人に続いて泳いだ。プールに足はついた。けれど体全体が水で覆われる深さだったため溺れる可能性があった。不安はあったけどコーチがすぐそばについていてくれたので私はコーチを信じることにした。

ヘルパーを外しビート板だけで泳ぐことになった。意外とこれもいけた。そしてついに何も付けず、何も使わず泳ぐことになった。前の人が颯爽と出発し、私の番になった。後ろに他の人が順番を待っている。私はそれまでちゃんと泳いだことなど一度もなかったけれど思い切りよく泳ぎだした。隣にはコーチがついている、体を支えてくれていた。私の後ろの人がスタートしコーチが私から離れた。

次の瞬間、私はバランスを崩し前に進めなくなった。私は溺れた。ああ、またこの感じかと、捕まるものが全くない中で、苦しさと恐怖を抱えながら私はもがくことしかできなかった。コーチは次の人を支えるためプールサイドへ向かっている。助からないと思った。

私が完全に諦めた時、私の体が強いはっきりとした力によって支えられ、浮上した。そうコーチが戻ってきたのだ。コーチは私を助け何事もなかったかのようにすぐに他の子のところへ戻っていった。頭が真っ白のまま私はプールサイド際の浅い場所を歩いて前の人達のいるところへ向かった。

結局その日は溺れた後もめげずにみんなと同じようにメニューをこなした。

スクール初日が終わり水がまた嫌いになった。けれど収穫もあった。コーチに助けられ、その後もみんなと泳いだことが自信に繋がった。それから駄々をこねたり、「もう止める、もう絶対止める」と何度となく言いながらも私は水泳を続けた。

6年生になった。

私はまだ水泳を続けていた。気がつけばスイミングスクールの一番上の級に進級していた。100mだって泳げるようになっていた。クロール、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ全部できるようになっていた。スイミングスクールのコーチから選手コースに行かないかと話をもらうまでになっていた。けれど私の目標は既に達成されておりこれ以上泳ぐ必要がなくなっていた。

地域の水泳大会で銀メダルを取ったことがきっかけで私は水泳をやめた。周りの人の努力と優しさ。そして馬鹿で向こう見ずの勇気があれば過去のトラウマだって立ち向かうことが出来る。生きてさえいれば。過去を振り返ってみてそう思う。今も水は怖い。それは今も変わらない。