【バス釣り】それは友人とともに味わった真冬の衝撃だった。

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【バス釣り】それは友人とともに味わった真冬の衝撃だった。

2月下旬。暖かい日差し。風も少し柔らかい。3、4日そんな日が続いていた。

友人が遠方から訪ねてきた。釣りに行くためだ。私たちは時期的に無理だと思いつつも何かを求めてバスを釣りに出かけた。

場所は山間部の野池。落ち葉のタンニンで水は程よくくすんでいた。

枯れたガマの茎が池中に点在し、池の周囲は倒れた木々によって複雑なカバーを形成している。中途半端なライトリグでは魚を取り込むのは難しい。見ただけでそれはわかった。

私は20lbを巻いたリールにライトテキサスを結ぶ。この時期活発に動ける魚は少ないという思い込みからだ。手近なレイダウンにルアーを滑り込ませる。動きは極めてスローに。けれどあたりは無かった。

友人もジグやテキサスを投げていた。枯れたガマとレイダウンだらけのこの池ではそれくらいしか投げられない。2月の釣り。釣れる気がしなかった。生暖かい日差しが唯一の癒しだった。

私の友人は面白い人だった。何より釣りが上手かった。何故かは分からないがいつも行く先々で大物を仕留めた。 この日も友人は打ち物で釣れないと分かると、スピナーベイトやバズベイトを投げ出した。2月だというのに。

私はロストを回避するためプラグは結ばなかった。遠投もしなかった。私の技量では枯れたガマにルアーを絡め取られる恐れがあったからだ。

私は近場を丁寧に探った。けれどあたりは無かった。冬の冷たい風と時間がゆっくりと流れた。

友人がやけになったのか遠投を始めたのが見えた。高比重のノーシンカーをガマの密集地帯にガンガン投げ入れていた。彼はどうやら命知らずの馬鹿野郎らしい。

友人が枯れガマと格闘しているのを見ながらやっぱり冬は釣れないよなと私は物思いにふけっていた。

私が冬の日差しで日光浴を始めた時、友人が投げたルアーが枯れガマに引っかかり、宙ぶらりんになった。その後ポロっと水面へ落ちた。

「ジャバシャッ」水面が突然爆発した。

私は自分の目撃した光景を疑った。すぐさま友人に確認をとった。

「今、でた?でたよね?」友人が興奮しながら笑っている。

私はそれまでの色々をすっかり忘れ、友人が使っている高比重ワームを貸して欲しいと頼み込んだ。そして彼と同じように遠投を始めた。

動かし方は簡単だ。潜らせる必要はない。ガマに絡めて水に時折落とす。それだけだ。

「ボバシャッ」魚がルアーにアタックしてきた。それまで一切反応がなかったにもかかわらず、攻め方を変えたとたんこれだ。一投で来た。

私は魚が乗ったことを確認し合わせを入れた。枯れガマと格闘しレイダウンが邪魔をする中なんとか釣り上げた。魚を計測すると36cmあった。ブラックバスだ。それから友人と二人で同様に攻めた。

やはりルアーにアタックしてくる。だけど一向にのらない。日が傾き日差しが弱まったせいかもしれない。明日に備えてこの日は一旦切り上げることにした。友人は帰り道の釣具屋で高比重ワームとフロッグをいくつか買い足していた。

次の日、私たちは昨日訪れた池を再び訪れた。天気はいい。昨日同様、生暖かく時折顔を出す太陽が暖かい。

私は遠方から来てくれた友人に魚を釣って欲しかった。だから朝一は友人にひとしきり投げてもらうことにした。

朝の冷たい空気に少しの緊張感が混ざった。攻め方は同じ。昨日唯一反応のあった高比重ノーシンカーの釣りだ。

記念すべき本日一投目。友人が投げる。けれど期待に反してあたりはなかった。友人が何投かした。けれど全くといっていいほど反応がない。昨日とは状況が変わったのか。朝だからか。分からない。期待で高揚していた空気が張り詰めた。

友人は高比重ノーシンカーを投げ続けた。私は状況が変わった可能性を考え釣りをする準備を始めた。

私が友人から目を離し釣りを始めた頃だったように思う。それまでの沈黙を破るかのように遠くの水面が爆発した。

「来た!」気持ちのこもった声が薄っすらと聞こえた。友人の高比重ノーシンカーに魚がヒットした。枯れガマのジャングルと格闘しながら友人は魚をいなした。レイダウンをかわし一気に抜き上げる。

大きい。上がってきた魚は46cmのブラックバスだった。

釣り上げたのは友人だったけれど私は自分のことのように嬉しかった。友人には釣って帰って欲しかったからだ。

そしてこの日はこれだけでは終わらなかった。友人は口火を切ったかのように同じ釣りでガンガン魚を釣り上げていった。

ガマに絡めて水面を這わす。時折食わせるために水に落とす。とにかくこの夏に最も効きそうな釣りがドンピシャでハマった。

私は友人が釣るのを横目に一人自分と戦っていた。今釣れている釣りが自分の理解を超えていたからだ。頭では分かっていた。釣れている釣りが正解なんだと。けれど認められない自分がいた。

私はテキサスリグをレイダウンに絡めながらひたすらスローに探った。遠投もした。ボトムや中層を時間をかけて探った。けれどあたりは無く、時間だけが過ぎていった。

私が不完全燃焼で終わる中、友人は2月にもかかわらず大爆釣で遠征を終えた。遠征は成功に終わった。

友人が帰宅の途についた後、私は一人で釣りに出かけた。私の釣りが完全に間違っていたのか。それをただ確かめるために。

私は再び同じ池を訪れた。けれど状況は前とは違う。自然相手だ。いつだって同じ条件なんて存在しない。そんなことは分かっている。苛立ちと不安を背に私は釣りを開始した。

私はテキサスリグを手近なカバーに滑り込ませた。ゆっくりとリフト&フォールを繰り返す。取り込めるかどうかなんて後回しだ。そんなことは魚を掛けた後考えればいい。いつもより魚を掛けることに前のめりだった。

集中した。リフトとフォールどちらも枝に絡ませ軽いテンションを掛けながらあたりが来るのを待つ。前回ダメだったやり方だ。でも今日はこれをやる必要がある気がした。

何投かした後、私はこの池で最も太いレイダウンの最も複雑な場所へリグを送り込んだ。普段ならこんな野蛮は犯さない。けれど今日は違った。

テキサスリグをリフト&フォールさせる。ここで来なければ正直、手詰まりだと内心思っていたとき、あたりはやって来た。

魚が咥えているのを確認し合わせを入れる。掛かった。あとはどうやって取り込むかだ。縦横無尽に伸びる枯れ枝がランディングを難しくすることは理解していたつもりだった。

私は必死に魚をいなそうとした。けれど強烈な突込みと複雑なレイダウンがそれを邪魔した。予想していた最悪が私を襲った。ラインが枝に絡んでしまった。魚を走らせ抜けだせるか試す。しかしダメだった。極めて厳しい状況に陥ったのは言うまでもない。

進むしかない。この木の上を進むしかない。寒空の下、私は水面に張り出したレイダウンの上を無謀にも進む決断を下した。落ちればずぶ濡れ。急深の地形。大丈夫か、落ちて助かるのか。木は大丈夫か、折れないだろうな。不安が私を少し踏みとどまらせる。けれどそれを凌ぐ何かが私を突き動かした。

本当にもうこれ以上進むと確実に落水する本当のギリギリまで私は進んだ。完全に水の上に私はいた。竿を片手にバランスを取り、魚の口がこちらに向くように竿を動かす。私は魚がいる場所へ必死に手を伸ばし、魚を捉えた。しかしまだ安心は出来ない。なぜなら依然として私は水の上だからだ。

私はリールのクラッチを切り、糸を出しながら魚を手元に引き寄せた。ルアーを回収し、慎重に後ろへ後退する。陸に到着すると安堵感と達成感が込み上げて来た。嬉しかった。高揚で少し声が漏れた。

釣り上げた魚は黒く太かった。計測すると45cmしかなくて驚いた。見た目はもっとすごく大きく見えた。

この日は一人で来ていたこともあり、この一匹で釣りを終えることにした。私は私の釣りでも釣れることが分かったような気がした。否。状況が変わっただけかもしれない。前日に冷えたから。色々な憶測が頭を巡って、ある答えにたどり着いた。

何の変哲も無い答え。友人が爆釣したあの日、魚は浮いていた。ただそれだけだ。私が認めたくなかった、認められずにいた答え。2月でも状況次第で魚は浮く。友人とともに味わった真冬の衝撃だった。