気が付いた、その時父は新興宗教の熱心な信者だった。

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気が付いた、その時父は新興宗教の熱心な信者だった。

気が付いた、その時父は新興宗教の熱心な信者だった。

父は祈っていた。父にとってそれらはとても厳かでとても貴重なものであるに違いなかった。

熱心にそれに祈る父の後ろ姿と念仏を唱える姿は当時の私にとってはカッコいいものだった。けれどその熱心さが私に向くことはなかった。

父が家にいると雰囲気が悪くなった。父はそれに祈っているときだけが精神が安定した。

それに祈るとき以外は全てが不満に満ちているようで少しでも気に食わないところがあれば癇癪(かんしゃく)を起こした。

父は口が達者だった。父は家では王だった。父のいる前では自分を殺す必要があった。傀儡を演じる必要があった。

学校で苦しいことがあっても相談することは出来なかった。だから自己で解決し完結するようになった。

父は絶対だった。新興宗教の集会にも参加することは当たり前だった。

教祖がステージに立つ。信者は示し合わせたように頭を下げる。私も正座で両手を前につき頭を下げる。その光景はまるで皇帝の登場であるかのようだった。

教祖のありがたい話を聞けると父の機嫌は良くなった。父の機嫌がいいとほっとした。宗教はよくわからなかったが父の機嫌がいいのはいいことだと思った。

信者を増やすためにチラシ配りも一緒にやった。近所の家にチラシを入れた。従順な私を見て父は機嫌が良かった。

父といるときは基本、父のご機嫌伺いに終始した。父がいない時間が幸せだった。

熱心な新興宗教の信者だと気がつくには時間がかかった。父が熱心に信仰しているものを否定したくはなかった。だから否定的な意見は見て見ぬふりをした。

ある時、信者が家にきた。家に悪霊が取り憑いているからだとかでお祓いをする必要があるとかそんな理由だった気がする。

よくわからない儀式が行われ、信者は帰っていった。後から聞いた話だが、この儀式には何十万とかかったらしい。

そしてこの儀式は何度も家で行われた。悪霊がまたついたとかの理由だった。

儀式に必要な道具を父はよく買っていた。合計でいくらになるのかは分からない。でもそれも私にはどうでもよかった。父に口出しすることなどできないのだから。

親戚の人たちにも父は勧誘をしていた。だがそれは嫌がられた。父はそれを知って勧誘することをやめた。

家族や親戚から宗教について理解が得られないと分かるとより一層それに祈るようになっていった。その姿はまるでお経をあげるお寺の坊主のようだった。

時がたち、信仰する宗教の教祖が亡くなった。

教祖が亡くなれば何かが変わるかと思ったがやはり祈りは続いた。父はその教えに共感して一心なのだと思った。

父に祈るのをやめてくれと言いたくなったことは一度や二度ではない。そんなものに祈っていないで、こっちを見てくれと思ったことは何度もある。でもその思いを口に出すことはなかった。

父は私に宗教を強要したことはなかった。父の機嫌を取るためやっていたが強要はなかった。

だから私も言わない。彼の人生を否定することなど私には大それたことだ。

何が正しいかなんて分からない。

悪夢を見たときに、「大丈夫。教祖様に祈ってあげるから。大丈夫。」そう言って私を励ましてくれた。

励まし方は特殊かもしれない。でも私の恐怖を取り除いてくれたその経験は他に変えることのできないものではあった。

父の人生に幸あれと願う。